東京高等裁判所 平成10年(行ケ)326号 判決 2000年9月19日
原告
ターゲットセラピューティクス,インコーポレーテッド
代表者
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
復代理人弁理士
【C】
被告
ウィリアム・コック・ユーロープ・アクチーゼルスカブ
代表者
【D】
訴訟代理人弁護士
牧野利秋
鈴木修
深井俊至
弁理士
【E】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
「特許庁が平成9年審判第2457号事件について平成10年5月29日にした審決を取り消す。」との判決。
第2事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、名称を「カテーテルデバイス」とする特許第2504927号発明(1987年6月2日(パリ条約による優先権主張1986年6月2日、米国)を国際出願日とする特願昭62-503621号の一部を平成7年1月27日に新たな特許出願としたもの。平成8年4月2日設定登録。本件発明)の特許権者である。被告は、平成9年2月14日、原告を被請求人として、特許庁に対し、本件発明について無効審判の請求をし、平成9年審判第2457号事件として審理された結果、平成10年5月29日「特許第2504927号発明の明細書の特許請求の範囲第1項、第15項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決があり、その謄本は平成10年6月22日原告に送達された。なお原告のための出訴期間として90日が附加された。
2 本件発明の要旨
(特許請求の範囲第1項に記載の発明(本件第1発明)の要旨)
外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得る、案内ワイヤと共に用いられるカテーテルを備えるカテーテルデバイスであって、該カテーテルは、
約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも5cm長の曲がりくねった管路に沿って該標的部位に移動するに充分に可撓性である細長い管状メンバーを備え、
該細長い管状メンバーは案内ワイヤで案内され、該細長い管状メンバーは近位端および遠位端を有し、該細長い管状メンバーの外表面および内表面は該近位端および該遠位端の間に伸びる内部管腔を規定し、該細長い管状メンバーは以下を備える:該挿入部位から内部組織に隣接する領域まで該案内ワイヤをたどるための比較的剛直な近位セグメント、および該領域から該標的部位まで該内部組織内で該約3mmの管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の該曲がりくねった管路に沿って該案内ワイヤをたどるための少なくとも約5cm長の比較的可撓性の遠位セグメントであって、該可撓性の遠位セグメントは近位部分および遠位部分の両部分を有し、該遠位部分は、近位部分に比べより可撓性であり、そして該遠位セグメントの遠位部分は、該内部組織内で案内ワイヤにより提供される曲がりくねった管路に沿って該標的部位まで案内ワイヤをたどるに充分に可撓性であるようにする外径、壁厚、および組成であり、そしてここで、該遠位セグメントの近位部分は、該近位セグメントの可撓性と該遠位セグメントの遠位部分の可撓性との間の可撓性を有する1つまたはそれ以上の中間部分を有する遠位セグメント。
(特許請求の範囲第15項に記載の発明(本件第2発明)の要旨)
外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得る案内ワイヤと共に用いられるカテーテルを備えるカテーテルデバイスであって、該カテーテルは、
該案内ワイヤ上に受け入れられるように適合され、そしてそれに沿って該標的部位に導かれる細長い管状メンバーを備え、
該細長いメンバーは、約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも5cm長の曲がりくねった管路に沿って該標的部位に移動するに充分に可撓性であり、該細長い管状メンバーは該案内ワイヤで案内され、そして該細長い管状メンバーは近位端および遠位端を有し、該細長い管状メンバーの外表面および内表面は該近位端および遠位端の間に伸びる内部管腔を規定し、該細長い管状メンバーは、以下を備える:該挿入部位から該内部組織に隣接する領域まで該案内ワイヤをたどるための比較的剛直な近位セグメント、および該領域から該標的部位まで、該内部組織内で該約3mmの管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の該曲がりくねった管路に沿って該案内ワイヤをたどるための少なくとも約5cm長の比較的可撓性の遠位セグメントであって、
ここで、少なくとも1つのセグメントは、末端に向かって増加する可撓性を有する。
3 審決の理由の要点
(1) 本件発明の要旨
前項のとおりと認める。
(2) 被告(請求人)の審判における主張の概要
特許権者から、被告の製品が本件特許の原出願の権利を侵害している旨の1994年4月21日付けのレター(審判甲第4号証)を受領したので本件無効審判について請求人適格を有する。
本件発明は、本願出願前に国内又は外国において頒布された審判甲第2号証刊行物及び審判甲第3号証刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、同法123条1項2号により、無効とすべきである。
そして、上記主張を立証するために、次の証拠方法を提示している。
審判甲第1号証 特許第2504927号公報(本件特許)
審判甲第2号証 【F】他"Composite Catheter for Selective CerebralAngiography Following an Arch Aortogram",Australasian Radiology, Vol.XXIX,No.1,February,1985
審判甲第3号証 特開昭58-218966号公報
審判甲第4号証 TARGET THERAPEUTICSの【G】が、【H】にあてた1994年4月21日付けのレター
(3) 被請求人(原告)の審判における主張の概要
審判甲第4号証は、【H】氏へのレターであって、本件審判の請求人(被告)あてのレターではないから、本件審判の請求は、審判請求の利益のない者によってなされた不適法な審判請求である。
仮に請求が不適法でないとしても、本件特許は無効理由を有さない。
(4) 請求人適格についての審決の判断
審判甲第4号証は、【H】氏宛のレターであって、その内容は、「コック製品」の輸入と販売を中止するよう警告するものである。
そして、この「コック製品」は、「コック」という名称が被告の名称の一部と一致すること、また、被告の「本件審判請求人(被告)の製品が・・・」との主張に対して原告は反論していないことから、審判甲第4号証のレター中の「コック製品」は、審判被告の製品と認められる。
してみると、審判甲第4号証のレターの内容は被告に影響を及ぼすものであり、該レターの宛先が直接に被告宛ではないにしても、無効審判を請求する利益を有するものである。したがって、被告は、無効審判の請求人適格を有しており、原告の主張は採用することができない。
(5) 無効理由についての審決の判断
(5)-1 審判甲第2号証に記載された事項
審判甲第2号証には、図面とともに以下の事項が記載されている。
「一過性脳虚血発作(T.I.A)の評価のために、大動脈弓造影及び選択的脳血管造影を必要とする患者では、大きな大動脈撮影カテーテル(より精緻な選択的カテーテルにより追従される)の使用から、穿刺部位における出血の問題が通常でないことはない。この課題は、多くの施設において、交換シースの使用により克服されてきている。
Royal Perth Hospitalでは、我々は、大動脈撮影に、サイズが6.3Frenchのテフロンカテーテルを用い、これを、頸動脈循環の選択的研究のために、複合カテーテルと交換した。この複合カテーテルは、60㎝長さの、6.3Frenchのポリエチレンカテーテル材料(内径1.55㎜、外径2.10㎜)に連結された、40㎝の、5Frenchのポリエチレン管材(内径1.12㎜、外径1.66㎜)先端部を有する(図1)。この複合カテーテルの使用は、大動脈撮影カテーテルが引き抜かれ、そして選択的頸動脈注射、及び脊椎注射のために予備成形されたカテーテルで置き換えられるとき、穿刺部位の周りの滲出を止める。
交換シースと共に用いられる標準の5Frenchカテーテルに対するこの複合カテーテルの第2の主要な利点は、近位部分のより大きな直径により全アセンブリに与えられる増加したトルクである。この増加したトルクは、曲がりくねった頸動脈の選択的カテーテル法におけるより大きな制御を可能にし、そして同時に、この複合カテーテルのより小さな直径の頭蓋部分は、外傷傷害性がより少なく、そして頸動脈及び脊柱動脈中に導入されたガイドワイヤ上をより容易に進行し得る。
この複合カテーテルは、5Frenchの遠位セクションを、6.3Frenchストック上に融合結合することにより作製される。これは、テーパー状の鋳型中で、管腔中に導入されたプラグを用い、結合される両端を加熱することにより達成され、接合部で内部及び外部の滑らかなテーパーを確実にする。
この複合カテーテルと類似の寸法のカテーテルが、6.3French管材の先端部を、所望の長さに伸ばすことにより、融合溶接の必要性なくして作製され得ることが認識される。しかし、実際には、このようなカテーテルは、伸ばされないカテーテルと同じ所望の記憶及び弾性特性を有さず、そしてそれは、必要な「頸動脈追従」形状に満足して形成され得ないことが見いだされた。
我々は、この複合カテーテルを、25人の患者に用いて一過性脳虚血発作の評価を表し、そしてこの複合カテーテルを用いて、25人の患者のすべてにおいて成功した選択的カテーテル法を達成した。機械的な失敗が存在した患者又は任意のその他の困難性に直面した患者はいなかった。血管造影後、すべてのカテーテルを検査し、結合部で弱くなったり又はねじれたりすることがなかったことを示した。
我々は、動脈孔を「栓塞」すること及び交換シースのコストを節約すること、そしてまた、格別のトルクを提供することが、このようなカテーテルの使用の導入に対して十分な理由であることを推挙したい。」
(5)-2 本件第1発明と審判甲第2号証に記載のカテーテルとの対比
審判甲第2号証に記載された複合カテーテルは、6.3Frenchと5Frenchのカテーテル材料をテーパ状の鋳型の中で加熱融合し結合することで作成されるから、そのテーパ状の鋳型の部分は、軸方向に所定の長さを有するテーパ状のカテーテルとなる。
してみると、穿刺部位、血管、複合カテーテル、5Frenchの遠位セクション、テーパ状のカテーテル、6.3Frenchストックが、本件第1発明の人体挿入部位、脈管、カテーテル(管状メンバー)、遠位セグメントの遠位部分、遠位セグメントの近位部分、近位セグメントに夫々対応する。そして、審判甲第2号証において、5Frenchの遠位セクションは40㎝の長さであるから少なくとも約5㎝長の長さであることに相違なく、また、5Frenchの遠位セクションと6.3Frenchストックの材質はいずれもポリエチレンであるから、5Frenchの遠位セクションは、6.3Frenchストックより、より可撓性であり、テーパ状の部分はそれらの中間の可撓性を有することは明らかである。
してみると、審判甲第2号証に記載されたカテーテルは、次の点で、本件第1発明と一致する。
「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る脈管に沿って少なくとも約5㎝長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得る、案内ワイヤと共に用いられるカテーテルを備えるカテーテルデバイスであって、該カテーテルは、
脈管に沿って少なくとも5㎝長の曲がりくねった管路に沿って該標的部位に移動するに充分に可撓性である細長い管状メンバーを備え、
該細長い管状メンバーは案内ワイヤで案内され、該細長い管状メンバーは近位端および遠位端を有し、該細長い管状メンバーの外表面および内表面は該近位端および該遠位端の間に伸びる内部管腔を規定し、該細長い管状メンバーは以下を備える:該挿入部位から内部組織に隣接する領域まで該案内ワイヤをたどるための比較的剛直な近位セグメント、および該領域から該標的部位まで該内部組織内で該脈管に沿って少なくとも約5㎝長の該曲がりくねった管路に沿って該案内ワイヤをたどるための少なくとも約5㎝長の比較的可撓性の遠位セグメントであって、該可撓性の遠位セグメントは近位部分および遠位部分の両部分を有し、該遠位部分は近位部分に比べより可撓性であり、そして該遠位セグメントの遠位部分は、該内部組織内で案内ワイヤにより提供される曲がりくねった管路に沿って該標的部位まで案内ワイヤをたどるに充分に可撓性であるようにする外径、壁厚、および組成であり、そしてここで、該遠位セグメントの近位部分は、該近位セグメントの可撓性と該遠位セグメントの遠位部分の可撓性との間の可撓性を有する1つ又はそれ以上の中間部分を有する遠位セグメント」
そして、次の点で両者は相違する。
本件第1発明では脈管の管腔内径が約3㎜未満であるのに対し、審判甲第2号証では、大動脈弓造影および選択的脳血管造影のために頸動脈、脊柱動脈中を進行させることが記載されているものの、管腔内径の大きさは記載されていない点。
(5)-3 上記相違点(本件第1発明)についての審決の判断
そこで、上記相違点について検討すると、審判甲第2号証に開示されたカテーテルは、その外径が2.10㎜、1.66㎜であるから、管腔内径が約3㎜未満の脈管を進行し得るものであり、管腔内径が約3㎜未満の脈管に沿って案内させることは、当業者が容易に想到し得るものである。
原告は、
(ⅰ) 審判甲第2号証のカテーテルは、脳の血管中で用いられるカテーテルではない、
(ⅱ) 審判甲第2号証の複合カテーテルは、曲がりくねった通路の組織部位に近づく際の限界を克服するように設計されたカテーテルではない、
(ⅲ) 審判甲第2号証のカテーテルの連結部分は、遠位セクションと近位セクションの中間の可撓性を有している中間セクションとはいえない、旨主張している。
しかし、
(ⅰ) 特許請求の範囲第1項には、カテーテルデバイスが内部組織に案内される旨の記載はあるが、脳の血管中を案内される旨の記載はない。そして、原告は、内部組織が脳の深い部位のような軟組織を意味する(段落【0054】)旨主張しているが、通常、内部組織が必ずしも脳の組織を意味するものではない。発明の詳細な説明の欄の段落【0054】の記載は、一実施例を説明したにすぎないものであり、特許請求の範囲の用語を定義するものではない。よって、原告の主張は、特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。
(ⅱ) 原告は、曲がりくねった管路をa.多数の曲部(そのうちのいくつかは90°以上の角度である)、b.管腔の直径が約3㎜未満の小血管、およびc.全長が少なくとも約5㎝の標的組織内の管路を含む(段落【0054】)旨主張しているが、通常、「曲がりくねった管路」をこの技術分野において上記のように限定して解するものではない。また、上記のような管路は、本件の一実施例の説明の中で記載されているにすぎないものであって、特許請求の範囲の用語を定義するものではない。したがってこの点の主張も、特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。
(ⅲ) 審判甲第2号証には、「この複合カテーテルは、5 Frenchの遠位セクションを、6.3Frenchストック上に融合結合することにより作製される。これは、テーパー状の鋳型中で、管腔中に導入されたプラグを用い、結合される両端を加熱することにより達成され、接合部で内部および外部の滑らかなテーパーを確実にする。」との記載があり、5 Frenchの遠位セクションと6.3Frenchストックとをテーパ状の鋳型の中で結合すれば、当然にテーパ状の部分が形成され、このテーパ状の部分を介して接続されるものである。してみると、このテーパ状の部分が本件特許第1発明の遠位セグメントの近位部分(原告がいう中間セグメント)に相当する。よって、原告の主張は採用することができない。
(5)-4 本件第2発明についての審決の判断
本件第2発明と本件第1発明との相違点は、本件第1発明では遠位セグメントが遠位部分と近位部分を有するのに対し、本件第2発明では遠位セグメントと近位セグメントの少なくとも1つのセグメントが末端に向かって増加する可撓性を有する点であり、その余に格別の相違点は認められない。
そこで、本件第1発明との相違点についてのみ検討すると、「セグメントが末端に向かって増加する可撓性を有する」とは、セグメント全体が連続的に末端に向かって増加する可撓性を有することに限らず、セグメントの一部が末端に向かって増加する可撓性を有するものを含むものである。してみると、審判甲第2号証に記載のカテーテルにおいて、テーパ部は末端に向かって増加する可撓性を有するものであり、テーパ部は遠位セグメントと近位セグメントのいずれかに含まれることから、上記本件第1発明との相違点は審判甲第2号証に記載されている。
したがって、本件第2発明は、本件第1発明で検討したのと同じ理由により、審判甲第2号証に記載のものに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認める。
(6) 審決のまとめ
以上のとおりであるから、本件審判請求人(被告)は、請求人適格を有している。そして、本件第1発明、本件第2発明は、いずれも特許法29条2項の規定に違反して特許されたものである。したがって、本件第1発明、第2発明に係る特許は、いずれも特許法123条1項2号に該当するので、無効とすべきものである。
第3原告主張の審決取消事由
審決は、本件発明の技術内容を誤認し(取消事由1)、引用例に記載の発明の内容を誤認し(取消事由2)、本件発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであると、誤って判断した(取消事由2)ものであるから、違法であり、取り消されるべきものである。
1 取消事由1(本件第1及び第2発明の誤認)
(1) 原告は、審判事件答弁書の理由の項において、次の5点を主張した。
① 本件第1及び第2発明は、曲がりくねった通路の組織部位に近づく際の限界を克服するように設計されたカテーテルデバイスを提供したこと。
② このことは、本件請求項1及び15の文言「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得るカテーテルデバイス」によって明記されていること。
③ 上記請求項に記載の文言において、「内部組織」は、本件明細書の発明の詳細な説明【0054】の記載に基づいて、脳の深い部位のような軟組織の標的部位を意味すること。
④ 上記請求項に記載の文言において、「曲がりくねった管路」は、本件明細書の発明の詳細な説明【0054】の記載に基づいて、a.多数の曲部(そのうちのいくつかは90゚以上の角度である)、b.管腔の直径が約3mmの未満の小血管、およびc.全長が少なくとも約5cmの標的組織内の管路を含むこと。
⑤ 上記請求項に記載の文言は、「曲がりくねった管路」を通過する能力によってカテーテルの可撓性のレベルを定義することによって、本件第1及び第2発明の構成を記載していること。
しかし、審決は、上記主張について判断を遺脱し、本件第1及び第2発明の特徴を誤認したものである。
(2) 特に、本件明細書の発明の詳細な説明【0055】には、「上記の特性(すなわち、【0054】記載の特性a.ないしc.)を有する管路を、本明細書では曲がりくねった管路と定義し」と、本件請求項1及び15に記載の用語「曲がりくねった管路」の意味を定義しているにもかかわらず、審決は、「(ⅰ)特許請求の範囲第1項には、カテーテルデバイスが内部組織に案内される旨の記載はあるが、脳の血管中を案内される旨の記載はない。・・・発明の詳細な説明の欄の【0054】の記載は、一実施例を説明したにすぎないものであり、特許請求の範囲の用語を定義するものではない。・・・(ⅱ)・・・通常、「曲がりくねった管路」をこの技術分野において上記のように限定して解するものではない。また、上記のような管路は、本件の一実施例の説明の中で記載されているにすぎないものであって、特許請求の範囲の用語を定義するものではない。したがってこの点の主張も、特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。」と認定した。
しかしながら、本件用語の定義が明細書の実施例の説明の中で記載されているからという理由で、これを特許請求の範囲の用語を定義するものではないと認定したのは、余りに形式的解釈にすぎ、その実質を看過するものである。定義が明細書中のどの場所で記載されていようと、「上記の特性を有する管路を、本明細書では曲がりくねった管路と定義し、・・・。」と明記している以上、これは本発明を開示した明細書での定義である。
2 取消事由2(審判甲第2号証記載の発明の誤認及び進歩性判断の誤り)
(1) 審判甲第2号証の著者である【F】博士は、審判甲第2号証に記載のカテーテルが本件請求項1及び15に記載の「曲がりくねった管路」を通過し得るか否かを示し得る唯一の証人であり、同号証の内容を最も正確に解釈判断することができる者である。
【F】博士は、甲第6号証(同博士の供述書)2頁1~2行及び6~7行(訳文2頁7~8行及び11~12行)において、審判甲第2号証に記載のカテーテルが、i)脳組織に囲まれた血管中に導入するためのカテーテルではなかったこと;そしてii)脳組織中にある血管の屈曲部を通過するためには剛直すぎたこと、を認めている。
したがって、審判甲第2号証に記載のカテーテルは、本件請求項1及び15に記載の「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得るカテーテルデバイス」ではない。
(2) さらに甲第6号証2頁7~11行(訳文2頁12~17行)及び甲第7号証(同博士の補足供述書)において、【F】博士は、以下のことを記載している:iii)脳組織に囲まれた血管中に導入するためには、より小さいサイズのカテーテルが必要であったこと;iv)より細いより可撓性のカテーテルを開発したが、Target社及びCook社がもっと可撓性に優れたカテーテルをいち早く市販したことにより、脳組織中にある血管の屈曲部を通過し得るようなカテーテルの開発をやめてしまったこと。
このことは、審判甲第2号証に記載のカテーテルより小さいサイズのより細いカテーテル(審判甲第2号証に記載されたカテーテルを改良したカテーテル)が、本件請求項1及び15に記載の「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得るカテーテルデバイス」であるTarget社(原告)のカテーテルより性能が劣り、かつ審判甲第2号証に記載の事項から本件第1及び第2発明のようなデバイスが得られなかったことを示している。
(3) 本件第1及び第2発明のカテーテルデバイスは、介入神経放射線学と呼ばれる新規な医療分野を開拓してそこで用いられているものであって、従来の、脳血管造影に用いられる審判甲第2号証に記載のカテーテルとは全く異なる。
このことは、例えば、以下の甲第11ないし第15号証に、原告(TargetTherapeutics社)の「マイクロカテーテル」が、介入神経放射線学の発展に寄与し同分野で用いられることが記載されていることから、明らかである。
甲第11号証:Endovascular Neurological Intervention (The AmericanAssociation of Neurological Surgeons、1995) 46~50頁及び56~58頁、
甲第12号証:ASNR ABSTRACTS、AJNR:10、1989、7/8月号、882頁、
甲第13号証:Radiology、第172巻、No.3、Part2、1989、991~1006頁
甲第14号証:Radiology、第165巻、No.3、1987、870~871頁、
甲第15号証:Interventional Neuroradiology: Endovascular Therapy of theCentral Nervous System (Raven Press, Ltd., New York, 1992)、1~15頁、
(4) 被告は、「審判甲第2号証の図1から、審判甲第2号証に開示されたカテーテルは、遠位セグメントが約90゜は曲がることは明らかである。しかも審決は、審判甲第2号証に記載のカテーテルの材質及び形状を認定した上で、当該カテーテルが、「大動脈弓造影及び選択的脳血管造影のために頸動脈、脊椎動脈中を進行させることが記載されている」点を認定している。審判甲第2号証における「曲がりくねった頸動脈の選択的カテーテル法におけるより大きな制御を可能にし」との審決認定の記載からも明らかなように、審判甲第2号証に開示された外径が2.10mm(6.3 French)、1.66mm(5 French)のカテーテルは、管腔内径が約3mm未満の脈管を進行し得るものであり、管腔内径が約3mm未満の脈管に沿って案内させることは当業者が容易に想到し得る。これは「曲がりくねった」管路であっても当てはまる。審決は直径の比較のみによって結論を導いたのではない。」と主張する。
しかしながら、まず、カテーテルの遠位セグメントが約90゜は曲がることは、曲がりくねった管路に沿って案内させ得ることにはならない。従来の脳血管造影用カテーテルは、先端をあらかじめ曲げて使用されるのが通例であり、曲げられた形を保持する剛直性が必要であることを、当業者はよく知っている(The CIBACollection of Medical Illustrations (Pharmaceuticals Division、CIBA-GEIGYCorporation1983,1986,1991)第I巻、第I部、50~51頁及び50頁の図の説明拡大図=甲第9号証の50頁左欄題名ないし27行目(訳文の6行目ないし7行目)、及び、前記甲第11号証の46頁右欄下から7行目ないし47頁3行目)。このような剛直なカテーテルは脳組織中にある血管の屈曲部を通過できない。そして、甲第9号証の図に示されるように、頸動脈及び脊椎動脈は90゜又はそれ以上の曲部を有さず、そして通常3mmより大きい直径を有している。
さらに、被告が審判甲第2号証を引用する箇所は、「交換シースと共に用いられる標準の5 Frenchカテーテルに対するこの複合カテーテルの第2の主要な利点は、近位部分のより大きな直径により全アセンブリに与えられる増加したトルクである。この増加したトルクは、曲がりくねった頸動脈の選択的カテーテル法におけるより大きな制御を可能にし」と、頸動脈におけるカテーテル操作のトルク制御を記載するものであって、管腔内径が約3mm未満の脈管に沿って案内させることを記載するものではない。審決も被告のいずれも、審判甲第2号証に記載のカテーテルが、管腔内径が約3mm未満の「曲がりくねった」脈管に沿って脳の深い部位のような軟組織中に案内させることを示していない。
(5) 審決は、「(ⅲ)審判甲第2号証には、「この複合カテーテルは、5 Frenchの遠位セクションを、6.3 Frenchストック上に融合結合することにより作製される。これは、テーパー状の鋳型中で、管腔中に導入されたプラグを用い、結合される両端を加熱することにより達成され、接合部で内部及び外部の滑らかなテーパーを確実にする。」との記載があり、5 Frenchの遠位セクションと6.3 Frenchストックとをテーパー状の鋳型の中で結合すれば、当然にテーパー状の部分が形成され、このテーパー状の部分を介して接続されるものである。してみると、このテーパー状の部分が本件特許第1発明の遠位セグメントの近位部分(原告がいう中間セグメント)に相当する。よって、原告の主張は採用することができない。」と判断する。しかし、この審決の判断は、審判甲第2号証のカテーテルの頭蓋部分(遠位セグメント)が、本件請求項1又は請求項15に記載の「曲がりくねった管路」を通過する可撓性を持つことを示す科学的根拠を基になされていない。審判甲第2号証には、カテーテルの可撓性に関する記載はない。
(6) 審判甲第2号証について、審決は、「そのテーパー状の鋳型の部分は、軸方向に所定の長さを有するテーパー状のカテーテルとなる。」及び「5 Frenchの遠位セクションと6.3 Frenchストックの材質はいずれもポリエチレンであるから、5Frenchの遠位セクションは、6.3 Frenchストックより、より可撓性であり、テーパー状の部分はそれらの中間の可撓性を有することは明らかである。」と認定し、この認定から、審判甲第2号証の脳血管造影用カテーテル連結部が、本件請求項1又は請求項15に記載の介入神経放射線学に用いる「該領域から該標的部位まで該内部組織内で該約3mmの管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の該曲がりくねった管路に沿って該案内ワイヤをたどるための少なくとも約5cm長の比較的可撓性の遠位セグメント」の近位部分又はその一部と一致する」と判断した。
審決のこの認定判断は、審判甲第2号証のカテーテルの頭蓋部(遠位セグメント)が、本件請求項1又は請求項15に記載の「曲がりくねった管路」を通過する可撓性を持つことを示す科学的根拠を明示せず、かつ余りにも当該分野の技術常識(甲第11号証ないし甲第15号証)を考慮しない形式的解釈であって、失当である。
(7) 少なくとも、審決の「そこで、上記相違点について検討すると、審判甲第2号証に開示されたカテーテルは、その外径が2.10mm、1.66mmであるから、管腔内径が約3mm未満の脈管を進行し得るものであり、管腔内径が約3mm未満の脈管に沿って案内させることは、当業者が容易に想到し得るものである」との認定は、本件請求項の当該用語「曲がりくねった」を完全に無視してなされているのである。カテーテルと管腔とが真っ直ぐである場合、管腔の直径より小さい直径のカテーテルは管腔を通過するといえるが、「曲がりくねった」管路である場合には、直径の単なる差異でもってはカテーテルの管路を通過する能力を評価することはできない。このことは当業者の常識である。管腔より大きな直径のカテーテルでさえ、管腔を押し広げることにより通過し得るのである。これは、直径の比較のみによる審決の判断が違法であることを示している。
第4審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対して
(1) 原告は、特許請求の範囲に記載の人体の「内部組織」は「脳の深い部位のような軟組織」を意味するものではないとした審決の認定を誤りとする。
しかし、通常の理解において、人体の「内部組織」は「脳の深い部位のような軟組織」に何ら限定されないし、そのように限定解釈するのは文言上も無理である。さらに、本件特許の請求項9には、「脳内にある部位に接近するために使用し、・・・請求項1に記載のカテーテルデバイス」との記載、請求項25には、「脳内にある部位に接近するために使用し、・・・請求項24に記載のカテーテルデバイス」との記載がある。請求項24に記載のカテーテルデバイスは、請求項21に記載のカテーテルデバイスを前提とし、請求項21に記載のカテーテルデバイスは請求項15に記載のカテーテルデバイスを前提としている。請求項9及び請求項25は、請求項1及び請求項15の従属項(実施態様項)の関係にあるから、請求項1及び請求項15に記載の人体の「内部組織」とは、請求項9及び請求項25に記載の「脳内にある部位」だけでなく、それ以外の人体部位を含む上位概念としての人体の「内部組織」を意味することは明白である。特許請求の範囲の記載から原告主張のような限定解釈がとり得ない以上、当該限定解釈の可能性について発明の詳細な説明を参酌する余地はない。
(2) 次に原告は、特許請求の範囲に記載の「曲がりくねった管路」を【0054】に記載のもの、すなわち、「a.多数の曲部:そのうちのいくつかは90°以上の角度である;b.小血管:一般にその管腔の直径は約3mm未満である;およびc.標的組織内の管路:その全長は少なくとも約5cm、一般に約10~15cm及び長い場合は25cmである」管路であると主張しているが、理由がない。
そのような極めて特殊な管路を対象としているのであれば、そもそも特許請求の範囲に「発明の構成に欠くことができない事項」として記載されていなければならないはずである。また文言上単に「曲がりくねった管路」と記載されている部分をそのように特殊に解釈することは文言上も無理である。
さらに、「曲がりくねった管路」自体が原告主張の上記意味を有するとすると、特許請求の範囲の「曲がりくねった管路」の前に記載の「約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の」の部分が全く意味をなさなくなる。さらに、原告の主張を前提とすると、当該記載がなされた理由の説明がつかなくなる。原告の主張を前提とすると、まず、特許請求の範囲の記載は、「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得る…」となっていなければならないはずである。
次に、原告の主張によると、「曲がりくねった」の意味は、【0054】記載のa.b.c.の意味を有するということになるが、特許請求の範囲には、「約3mm未満の管腔内径の脈管」と管腔内径を限定する記載が既に存在するにもかかわらず、【0054】の段落には「b.小血管:一般に管腔の直径は約3mm未満である」と記載されているのであるから、管腔内径を二重に規定していることに帰着する。同様に、特許請求の範囲には、「少なくとも約5cm長の」(管路)と記載され、管路長に関する規定が既に存在するにもかかわらず、段落【0054】には「c.その全長は少なくとも約5cm、一般に約10~15cm及び長い場合は25cmである」(最大の長さまで記載している)と管路長に関する限定的記載があり、「曲がりくねった管路」が明細書中で定義されているとすると、管路長についても二重に規定が存在することになる。このように、特許請求の範囲中において、同一の構成に関する規定を二重に行うことは考えられない。
したがって、原告の「曲がりくねった管路」が明細書中で定義されていると理解することは、特許請求の範囲の記載自体と矛盾する結果を招来するものであり、到底是認し得ない。
逆にいえば、【0054】で記載した要素のうち、b.及びc.に関しては上記のように特許請求の範囲の記載中に取り込まれており、これに対し、【0054】に記載の「a.多数の曲部:そのうちのいくつかは90°以上の角度である」に対応する記載が特許請求の範囲の記載中には全くない。このことは、原告が、上記b.及びc.については、必須の要件とするが、a.については発明の必須な要件とはしないという選択を行った結果であると理解するのが正当である。必須要件としないことを選択した以上、今になって明細書中の一片の記載を根拠に上記a.の構成を必須要件とすることが許されるはずはない。
そもそも、下記のとおりの【0054】自体はその記載の仕方から、一実施例を説明したものであることが明らかである。
【0054】の「曲がりくねった管路によって到達される組織領域に、カテーテルを挿入する方法を、図9を参照して述べる・・・本実施例では、標的部位に至る曲がりくねった管路には、・・・48と50が含まれる。この管路には以下のものが含まれている。すなわち、a.・・・b.・・・c.・・・である。」との記載が、特許請求の範囲の「曲がりくねった管路」の定義部分だとすると、【0054】に記載の図9を基にしたその具体的内容が特許発明の技術的範囲となる。すなわち、当該実施例に特許発明の技術的範囲は限定されることになってしまう。この結論は不都合である。したがって、【0055】の「上記の特性を有する管路を、本明細書では曲がりくねった管路と定義し」との部分は、「上記の特性を有する管路は、本明細書では曲がりくねった管路の定義に入り」と解釈するのが合理的であり、審決の認定は正当である。
2 取消事由2に対して
(1) 審判甲第2号証(甲第5号証)の図1から明らかなように、審判甲第2号証に開示されたカテーテルは遠位セグメント部分が約90°は曲がることは明らかである。しかも審決は、審判甲第2号証に記載のカテーテルの材質及び形状を認定した上で、当該カテーテルが、「大動脈弓造影及び選択的脳血管造影のために頸動脈、脊柱動脈中を進行させることが記載されている」点を認定している。審決が引用した「曲がりくねった頸動脈の選択的カテーテル法におけるより大きな制御を可能にし」との記載からも明らかなように、審判甲第2号証に開示された外径が2.10mm(6.3 French)、1.66mm(5 French)のカテーテルは管腔内径が約3mm未満の脈管を進行し得るものであり、管腔内径が約3mm未満の脈管に沿って案内させることは当業者が容易に想到し得るものである。これは「曲がりくねった」管路であっても当てはまるのである。審決は直径の比較のみによって結論に至ったのではない。
(2) 審判甲第2号証の内容は、その著者の一人である【F】博士の主観的意図によって解釈されるのでなく、本件特許出願当時の技術水準を前提に当業者による客観的解釈を基に、その内容が判断されるのである。現実に当時Royal PerthHospitalにおいていかなるカテーテルデバイスが使われていたかということ及び著者の一人の主観的意図とは別問題として、審判甲第2号証はそれ自体公知文献として、その内容が当業者によって解釈判断されるのである。
(3) 甲第6号証及び甲第7号証には、Target社及びCook社が市販したという具体的カテーテルの内容は全く明らかにされていないし、Royal Perth Hospitalが自ら開発するのを止めたのは単に外部から目的を達成するための製品の供給を受けられたからというだけである。審判甲第2号証に記載の事項から本件第1及び第2発明のようなデバイスが得られなかったことを意味しない。自ら開発費用をかけるより外部から製品を購入する方が経営上得策であるという理由で自らは開発をそれ以上しなかったというのが通常であろう。
甲第6号証及び甲第7号証は、審判甲第2号証から客観的に理解される事項から当事者が本件第1及び第2発明のようなデバイスを導き出すことができたことを否定する根拠とはなり得ない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1について
(1) 「曲がりくねった管路」の定義
(1)-1 原告は本件明細書には、段落【0054】ないし【0055】において「曲がりくねった管路」について定義がなされており、この定義を無視した審決の認定は違法であると主張する。
しかしながら、甲第4号証(本件特許公報)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明中の段落【0022】ないし【0066】にかけて、本件第1及び第2発明の実施例が記載されており、この実施例の説明の一部を構成する段落【0054】に、「操作方法」として、
「曲がりくねった管路によって到達される組織領域に、カテーテルを挿入する方法を、図9を参照して述べる。・・・本実施例では、標的部位に至る曲がりくねった管路には、血管44、血管44から直角より大きい角度で分岐した血管46、および図に示すように、先行する血管から各々分岐血管48と50が含まれる。この管路には以下のものが含まれている。すなわちa.多数の曲部:そのうちのいくつかは90°以上の角度である;b.小血管:一般にその管腔の直径は約3mm未満である;およびc.標的組織内の管路:その全長は少なくとも約5cm、一般に約10~15cmおよび長い場合は25cmである。」
と記載され、この記載に続く段落【0055】に、
「上記の特性を有する管路を、本明細書では曲がりくねった管路と定義し、・・・」
と記載されていることが認められ、原告主張の【0054】ないし【0055】の記載は、実施例の説明の一部として、特定の実施例と関連づけて記載されているものであり、【0054】及び【0055】の定義を、特許請求の範囲の記載に含めて適用すると明記されているものでもない。
したがって、【0054】及び【0055】に上記のような定義が記載されているとしても、本件特許請求の範囲が当然にこの定義に従って記載されているものと認めることはできない。
(1)-2 そこで、特許請求の範囲の記載について検討するに、前記本件発明の要旨及び甲第4号証によれば、本件発明の特許請求の範囲の請求項1(本件第1発明)、及び請求項1を引用する請求項14(実施態様項)に、曲がりくねった管路について次のとおり記載されていることが認められる。
請求項1:
「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3㎜未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5㎝長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得る、・・・カテーテルデバイスであって、該カテーテルは、約3㎜未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも5㎝長の曲がりくねった管路に沿って該標的部位に移動するに充分に可撓性である細長い管状メンバーを備え・・・該領域から該標的部位まで該内部組織内で該約3mmの管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の該曲がりくねった管路に沿って該案内ワイヤをたどるための少なくとも約5cm長の比較的可撓性の遠位セグメント・・・」
請求項14:
「前記遠位部分が3mmの管腔内径の脈管中の90゜の曲部を通過し得る、請求項1に記載のカテーテルデバイス。」
仮に、上記各請求項において「曲がりくねった管路」との用語が段落【0054】及び【0055】の定義に従って記載されていると仮定すると、請求項1及び14に記載の「曲がりくねった管路」は、定義により「a.多数の曲部:そのうちのいくつかは90°以上の角度である;b.小血管:一般にその管腔の直径は約3mm未満である;およびc.標的組織内の管路:その全長は少なくとも約5cm、一般に約10~15cm及び長い場合は25cmである」との特性を備えるものを意味することになる。
ところが、上記のとおり、請求項1には、「約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路」と3箇所にわたって記載されており、これら3箇所について特性b.及びc.に関する記載をみると、これら両特性について定義と重複した規定となる。
また、特性a.についてみると、請求項1の「曲がりくねった管路」は、定義により「a. 多数の曲部:そのうちのいくつかは90°以上の角度である」との特性を当然に備えるものであることは明らかである。ところが、上記のとおり、請求項1を引用する請求項14には「前記遠位部分が3mmの管腔内径の脈管中の90゜の曲部を通過し得る、請求項1に記載のカテーテルデバイス。」と記載されており、これによれば、定義により「90°以上の角度」であるはずの曲部の角度(この「曲部の角度」が、カテーテルの曲がり角度に対応することは明らかである。)を、例えば、95゜以上というように、より優れた特性に限定するのではなく、90゜以上の範囲のうち、もっとも特性が劣る「90゜」に限定するという、極めて非合理な結果に帰する。
これに対し、請求項1に記載されている「曲がりくねった管路」との用語が、上記定義に従って記載されたものではないとすると、特性b.及びc.について屋上屋を架す問題はもとより存在せず、特性a.に関しても、請求項1では、格別の限定がなされていない曲部の角度について、請求項14は、これを特に特性の優れた90゜のものに限定するものとして合理的に理解することができる。
(1)-3 他に、本件第1及び第2発明の各請求項が原告主張の上記定義に従って記載されたものであると解すべき事情も認められないので、上記定義は「特許請求の範囲の用語を定義するものではない」とした審決の認定に誤りはない。
(2)「内部組織」の意味
(2)-1 原告は、「特許請求の範囲第1項には、カテーテルデバイスが内部組織に案内される旨の記載はあるが、脳の血管中を案内される旨の記載はない。」とした審決の認定を争っている。
この点に関する原告の主張を要約するならば、請求項1(本件第1発明)及び15(本件第2発明)に記載の「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得るカテーテルデバイス」との文言は、曲がりくねった管路を通過する能力によってカテーテルの可撓性のレベルを定義することによって、本件第1及び第2発明の構成を記載しているものであり、このような曲がりくねった管路を経て存在する「内部組織」が「脳の深い部位のような軟組織」を意味すると当業者が理解することは当然であって、「特許請求の範囲の請求項1には、(本件第1及び第2発明の)カテーテルデバイスが脳の血管中を案内される旨の記載はない」、あるいは「内部組織」は「脳の深い部位のような軟組織」を意味するものではないとした審決の認定は誤りである、というものと理解される。
(2)-2 まず特許請求の範囲の記載をみると、本件発明の要旨にあるとおり、特許請求の範囲の請求項1(本件第1発明)及び請求項15(本件第2発明)には、「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得る・・・カテーテルデバイスであって、・・・以下を備える:・・・少なくとも約5cm長の比較的可撓性の遠位セグメント・・・。」と記載されているのに対し、甲第4号証(本件特許公報)によれば、請求項1を引用する請求項9(実施態様項)には、「脳内にある部位に接近するために使用し、・・・前記遠位セグメントは約10~15cmの間の全長を有する、請求項1に記載のカテーテルデバイス。」と記載されており、また、間接的に請求項15を引用する請求項25(実施態様項)にも「脳内にある部位」に接近するために使用し・・・」との記載のあることが認められる。
このように、請求項1及び15に記載のカテーテルについては、その標的組織ないし使用対象について「脳内にある部位」ないし「脳組織」に限定する旨の規定が存在しないのに対し、請求項1を引用した請求項9及び請求項15を間接的に引用した請求項25では、カテーテルの使用対象が「脳内にある部位」と明確に限定する文言が存在していることが明らかである。
(2)-3 そして、甲第4号証(本件特許公報)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の中には、本件第1及び第2発明によるカテーテルの標的組織、すなわち使用対象が「脳内にある部位」ないし「脳組織」に限定される旨の記載も、「柔組織」あるいは「内部組織」との用語が、特に「脳組織」のみを意味するものとして使用する旨の記載もないことが認められるので、本件第1及び第2発明において「内部組織」とは「脳組織」を意味するとの原告の主張は理由がない。
(3) 取消事由1についてのまとめ
取消事由1は、原告の審判答弁書の主張の判断遺脱についての構成となっているが、その主張の実質は上記(1)、(2)で要約したような審決の判断の誤りをいうものと理解される。そして、以上判断したところによれば、これらの主張には理由がなく、審決の認定に誤りがあるとはいえないから、取消事由1は理由がない。
2 取消事由2について
(1) 原告は、審判甲第2号証に記載のカテーテルは、本件請求項1及び15に記載の「外部の人体挿入部位から内部組織に、そして標的部位に至る約3mm未満の管腔内径の脈管に沿って少なくとも約5cm長の曲がりくねった管路に沿って該組織内に案内され得るカテーテルデバイス」ではないと主張し、その根拠として【F】博士の供述書(甲第6号証)を援用する。
しかしながら、この主張は、本件第1及び第2発明で定義されている「内部組織」が「脳組織」に限定されるものであることを前提にするものであるところ、本件第1発明及び第2発明のカテーテルの使用対象が、脳組織に限定されるものでないことは、取消事由1について判断したとおりであるから、前提において既に理由がない。
取消事由2の主張中には、審決は「曲がりくねった管路」の定義を無視した旨の部分があるが、審決にそのような誤りはないことも取消事由1において判断したとおりである。
(2) 原告は次に、「審判甲第2号証に開示されたカテーテルは、その外径が2.10mm、1.66mmであるから、管腔内径が約3mm未満の脈管を進行し得るものであり、管腔内径が約3mm未満の脈管に沿って案内させることは、当業者が容易に想到し得るものである。」とした審決の認定、判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、甲第5号証によれば、審判甲第2号証の1頁本文12行ないし16行(翻訳第1頁10ないし12行)に、「この複合カテーテルは、・・・40cmの・・・ポリエチレン管材(内径1.12mm、外径1.66mm)の先端部を有する」との記載があり、1頁本文26行ないし32行(翻訳1頁18ないし22行)には、該カテーテルが、「曲がりくねった頸動脈の選択的カテーテル法」に使用され、「この複合カテーテルのより小さな直径の頭蓋部分は、・・・頸動脈・・・中に導入されたカイドワイヤ上を・・・容易に進行し得る。」と記載されていることが認められる。
そして、この複合カテーテルの先端部は、上記記載のとおりポリエチレン製であり、これは、本件第1及び第2発明のカテーテルの遠位セグメントと同じであるから(本件特許公報(甲第2号証)の請求項6、12、22、及び段落【0019】、【0023】の記載)、本件第1及び第2発明のカテーテルと同様の柔軟性を備えるものということができる。
そうすると、このような複合カテーテルが、たとえ曲がりくねったものであっても、それ自身の外径(1.66mm)より太い約3mmの内径の管路を進行し得ないとすべき根拠はないといわなければならず、原告の上記主張も理由はない。
(3) 原告は、また、本件第1及び第2発明のカテーテルは、「介入神経放射線学」と呼ばれる新規な医療分野を開拓してそこで用いられ、従来の、脳血管造影に用いられる審判甲第2号証に記載のカテーテルとは全く異なるものであると主張する。
この主張も、本件第1及び第2発明のカテーテルが、脳組織に使用されるものに限定されることを前提とするものと解されるところ、本件第1発明及び第2発明のカテーテルがそのようなものに限定されるものでないのは、前記判示のとおりであって、原告のこの主張も前提を欠き理由がない。
(4) その他の取消事由2における原告の主張も、すべて以上判示したところとは相容れない主張を前提にするものであって理由がなく、取消事由2もすべて理由がない。
第6結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、原告の請求は棄却されるべきである。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 橋本英史)